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2010年1月27日

インド密教の歴史

概略を説明すると、密教成立の背景には、インド仏教後期においてヒンドゥー教の隆盛によって仏教が圧迫された社会情勢がある

。ヒンドゥー教の要素を仏教に取り込むことで、インド仏教の再興を図ったのが密教である。しかし結果的には、インド仏教の密

教化はヒンドゥー教の隆盛とインド仏教の衰退を変えられなかった。やがて、西アジアからのイスラム勢力のインド北部から侵攻

してきたイスラム教徒政権(デリー・スルタン朝)とインド南部のヒンドゥー教徒政権との政治・外交上の挟撃に遭った。イスラ

ム教徒から偶像崇拝や呪術要素を徹底攻撃されて、インドにおける密教は最後の段階のインド仏教として歴史的に消滅に追い込ま

れることになった。

初期密教
呪術的な要素が仏教に取り入れられた段階で形成されていった初期密教(雑密)は、特に体系化されたものではなく、祭祀宗教で

あるバラモン教のマントラに影響を受けて各仏尊の真言・陀羅尼を唱えることで現世利益を心願成就するものであった。密教経典

があった訳ではなく、各種の大乗経典に咒や陀羅尼が説かれていた。

中期密教
密教は新興のヒンドゥー教に対抗できるように、本格的な仏教として理論体系化が試みられて中期密教が誕生した。中期密教では

釈尊(Bhagavān)が説法する形式をとる大乗経典とは異なって、その別名を大日如来と呼ぶ大毘盧遮那仏(Mahāvairocana)が説法

する形で密教経典を編纂していった。『大日経』や『初会金剛頂経』(Sarvatathāgatatattvasaṃgraha)、またその註釈書が成立

すると、多様な仏尊を擁する密教の世界観を示す曼荼羅が誕生し、一切如来(大日如来を中心とした五仏:五智如来)からあらゆ

る諸尊が生み出されるという形で、密教における仏尊の階層化・体系化が進んでいった。

中期密教は僧侶向けに複雑化した仏教体系となった一方で、かえってインドの大衆層への普及・浸透ができず、日常祭祀や民間信

仰に重点をおいた大衆重視のヒンドゥー教の隆盛・拡大という潮流を結果的には変えられなかった。そのため、インドでのヒンド

ゥー教の隆盛に対抗するため、シヴァを倒す降三世明王やガネーシャを踏むマハーカーラ(大黒天)をはじめとして仏道修行の保

護と怨敵降伏を祈願する憤怒尊や護法尊が登場した。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

インド密教の歴史って本当に興味深いですね。

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